姉さんは僕と結婚するんです


ヒューからこの言葉を最初に聞いたのは、確かまだ俺が8歳で、弟が7歳のときだった、と思う。あまり自分の意見を口にしなかった弟の宣言に母親は朗らかにわらっていたのを覚えている。単純に息子の気持ちが聞けて嬉しかったのだろう。俺はというと、やはり素直に嬉しかった。いつも後ろに隠れてばかりいた可愛い弟が、あの弱虫で力のない守るべき存在が、紛れもない本音を口にしたのだ。姉として、嬉しく無いわけがなかった。母より少し近い存在である俺に言うのだって特段不思議ではなかった。だとすれば、こちらが返す台詞ももう決まっている。現実と向き合うのは、もう少し大人になってからでいいから。姉として、最大級の親愛を口に出す。


「俺も、ヒューと結婚したい」
「!姉さんほんと、ねえ、ほんと、」
「大人になったら、な」
「うん、うん、約束だよ姉さん約束!」


きらきらとした瞳を向ける弟に、少し罪悪感はあったけれど母親は未だに朗らかに笑っていて、大人になったらな、と俺はもう一度呟いた。弟の未来の結婚相手はいったいどんな相手なのだろう。きっとヒューを幸せにしてくれる、そんな女性を彼は選ぶに違いない。そんなことを勝手に考えて、少しだけ淋しくなった。遠い将来であることを、隠れて少しだけ願ってしまうほどには。




(それなのに)




抱きしめられた体がとても熱いんだ。もう自分は子供ではないとでも主張するかのように力強くて、10年という月日は決して短いものではなかったのだと、思い知らされた。あの頃の、幼かった弟はもういない。何故か、足が震えた。弟が自分を、恋慕の対象として見ているのだと恐ろしくなった。冗談だと笑い飛ばして欲しいのに、彼の腕の力がそれを許さない。ひ弱で、弱虫な弟は。いつの間にか、自分の知らない間に大人になって、男になっていた。私は、選択を間違ったのか。


「姉さん、迎えにきました、約束を果たしましょう」
「ヒュー、聞いてお願い、姉弟は結婚なんて、…...出来ない、分かってるだろ、お前だって、」
「?何故、誰がそんなことを、母さんは喜んでくれたじゃないですか、もしかして、街の人達に何か言われるとでも、大丈夫、姉さんは何も心配しないで、僕の事だけを考えて、今度は僕が姉さんを守ります、僕が、姉さんに守られてきたように、」
「ヒュー、」
「姉さんは僕との約束を守るだけですとても簡単なことでしょう、だって、姉さんは約束を、破らない」
「っ」
「ねえ、姉さん」




僕と結婚してください




小さい時と同じことを、それでも否定の言葉は許されない。そんな口調で。可愛い可愛い私の弟。ごめん、ごめんねヒューバート、それでも。それでも私は。次に続く言葉は彼によって塞がれて、私はもう何も言えなくなった。弟だと思っていたのは私だけで。遂に私は 彼の姉にすらなれなかったのだ。








姉さん、姉さん、僕は弱虫で泣き虫なヒューバート、そして貴女の弟です。貴女の後ろに隠れるしかできない、弱い惨めな存在なのです。貴女はいつも僕を守ってくれて庇ってくれて支えてくれて、その度に僕を惨めにさせるんです。貴女には分からないでしょうね。小さな僕の存在が。母親からも父親からも望まれる貴女には、きっとこの気持ちは分からない。だけれど。僕は貴女に恋をした。僕は常に貴女に守られ、囲われ、依存しながら生きてきた。一番身近にいた貴女に恋をし、情欲を抱くのはなにもおかしな事ではありません。でも、こんなのフェアじゃない。今度は僕が貴女に返す番だ。姉さんはとても優しい人だから、僕のこと見捨てないですよね、見捨てたり、できないですよね、全部ぜぇんぶ貴女のせいです。貴女は僕に囲われていればそれでいい。惨めで可哀想な僕に囲われる姉さん、なんて、とっても可哀想で、可愛そうで。僕の前から去ろうとする足は抉ってしまいました。抵抗を示す手だって潰してしまいました。いりません。姉さんに似合わない色合いの眼球だって。全部全部。貴女は蒼の目しか有り得ない。さて、これで僕がいないと何も出来なくなった姉さん、全てが創り変えられた世界はどんな背景をしていますか、逃げられると思うな。










ふたりぼっち



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惨め(にさせられた可哀想)な姉さんを囲いたいだけの弟
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